カット野菜の塩素殺菌処理 〜殺菌すると、細菌数がかえって増えてしまう〜
厚生労働省が出している、「大量調理施設衛生管理マニュアル」には、野菜、果物を調理する場合、
必要に応じて、次亜塩素酸ナトリウム等で殺菌した後、流水で十分すすぎ洗いする。
という項目があります。次亜塩素酸ナトリウムは、水道の塩素消毒などに使われる薬品です。
このマニュアル自身は、平成9年に出され、何度か改正されてきたものですが、浅漬けのO-157汚染の時など、食中毒が発生するたびに注目され、このマニュアルを遵守しましょうと呼びかけられます。
一方、ネット上では、「カット野菜は、栄養が全て抜けてしまっているので食べても意味が無い」といった情報が飛び交っています。実際には、ある程度減りますが、意味が無いというのは言いすぎだと思います。しかし、それ以上に大きな問題がありました。
少し古い情報ですが、茨城県工業技術センター研究報告 第24号(平成7年の成果報告です)の
次亜塩素酸ナトリウムによるカットキャベツの殺菌と日持ちへの影響
を紹介します。
この報告書では、食中毒対策の為に殺菌しているのに、しばらくするとかえって細菌数が増えてしまうという試験結果が報告されています。
この実験では、次のようにカットキャベツを加工して、細菌数やビタミンCの濃度を測定しています。
キャベツ − 半割 − 水洗 − カット − 水洗 − 殺菌(塩素処理) − 水洗 − 脱水 − 包装 − 貯蔵
下の図は、カット野菜を塩素処理*した後、3種類の温度で貯蔵した時の生菌数(生きた細菌の数)です。
*この実験の塩素処理は、100ppm, 氷酢酸でpH5に調整した次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用
図2は、1メモリごとに、10倍になるように表記されています。白いバーが見にくいですが、黒が無処理、グレーが20分殺菌処理、そのあいだに10分殺菌処理した白い棒グラフがあります。3℃保存の場合、確かに塩素処理で、細菌数が1/10から1/100に減っています。これを見ると、殺菌処理は、効果的だって思いますよね。次を見てみましょう。
10℃保存では、殺菌処理直後には、細菌数が1/10程度に減っていますが、3日目で無処理(切っただけ)とほぼ同じ、4日目では処理した方が多くなってしまいました。
更に、15℃保存では、1日で無処理の0日とほぼ同じに回復(殺菌前の状態)、2日で無処理より多くなっています。
表5、表6も似たような実験ですが、塩素処理**と無処理(カットのみ)以外に、無殺菌(カット後水洗い)も有ります。
**この実験の塩素処理は、100ppm, pH無調整の次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用
ビタミンCは、少し減っていますが、こんなもんでしょう。一番右の列を見て下さい。塩素処理直後には、生菌数が減っていますが、元々630個/gだったものが、無殺菌(水洗いだけ)でも80個/g、塩素処理で30〜80個/gです。これを見る限り、水洗いとそんなに変わりません。更に、10℃で4日間貯蔵すると、生菌数は激増してしまいます。20分浸けたものは、水洗いだけと比べて、なんと50倍近くになってしまっています。
この研究報告書の著者は、「塩素殺菌によって、キャベツがダメージを受けてしまう為に、元々持っていた抗菌力を失ってしまう」と考えています。
この結果を、どう考えるか
3℃は、冷蔵庫の良く冷えている部分ぐらいの温度で、10℃は、野菜室ぐらいの温度です。また、家庭用の冷蔵庫は、ドアの開け閉めで、すぐに温度が上がりますので、実質的にはもっと高いかもしれません。
厚生労働省は、食中毒対策の為に、野菜を塩素殺菌する事を推奨していますが、保存状態によっては、かえって細菌が増えている可能性があります。
この実験に使っている、次亜塩素酸ナトリウムは、水道水やプールの消毒に使われる薬品です。次亜塩素酸ナトリウム自体は、すぐに無くなってしまいますが、有機物と反応すると発がん性物質ができる事が知られています(有名なのは、トリハロメタンの一種のクロロホルムですが、他にもいろいろできているはずです)。
集団食中毒は大変な事なので、防がなければなりません。しかし、むやみやたらに殺菌する事ばかりを考えていると、この様な事になります。発がん性があるといっても、無視できるぐらいの影響だという考えもあるでしょう。
しかし、食中毒対策としても逆効果かもしれなくて、健康被害も懸念される事を、厚生労働省が推奨しているという事は、間違っていると思います。
少し難しい話(ここからは、化学用語を使います)
次亜塩素酸水ならこんな事は起こらない?
今回紹介した研究は、次亜塩素酸ナトリウムで殺菌していますが、実際には次亜塩素酸水を使っている所も多いと思います。次亜塩素酸水(家庭用のアルカリイオン水製造機から出てくる、酸性水みたいなものと考えて下さい)は、次亜塩素酸ナトリウムと違うから、問題ないでしょうか?
次亜塩素酸と、次亜塩素酸ナトリウム(溶液中の状態としては、次亜塩素酸イオン)は、化学的には電離しているかしていないかの違いです。この2つは、溶液のpHを変えるだけで、どちらにもなります。塩基性なら次亜塩素酸イオンが多く、中性から弱酸性では次亜塩素酸が多くなり、更にpHを下げると、塩素分子になります。今回紹介した実験では、図2〜4はpH5に調整しているので、殺菌成分としては主に次亜塩素酸、表5, 6はpH無調整の次亜塩素酸ナトリウムなので、殺菌成分としては次亜塩素酸イオンです。実は、両方の実験を行っていたのです。そして、その両方で、貯蔵による生菌数の増加が見られています。
次亜塩素酸水なら、安全だと言われますが、この様に次亜塩素酸ナトリウムとほとんど変わりません。
次亜塩素酸が、次亜塩素酸ナトリウムより安全というのは
・次亜塩素酸ナトリウムは水に良く溶けるが、次亜塩素酸はほとんど溶けない。
→次亜塩素酸ナトリウムは、高濃度の溶液として買ってくる事ができるが、次亜塩素酸水は、使う時に製造する必要がある。
→逆に言うと、危険な高濃度の溶液を扱う機会が無いので安全(高濃度の溶液を酸性にすると有毒ガスも発生する)
・次亜塩素酸は、次亜塩素酸イオンよりも殺菌力が高い
→次亜塩素酸ナトリウムは、次亜塩素酸より高濃度で使用する必要が有る
という違いです。作業者のリスクはずっと低いし、大量に使用する施設では、製造装置を買った方が、次亜塩素酸ナトリウムを購入するより安い、という利点はあります。しかし、カット野菜の細菌が増加してしまうという点に関しては、同じだと考えられます。
ここまで書いて、気づいたのですが、翌年の茨城県工業技術センター研究報告 第25号(平成8年の成果報告です)に、同じ橋本俊郎さんが、
電解次亜水によるカット野菜の殺菌
というのを出していました。レタスを電気分解で製造した次亜塩素酸水で洗浄した場合にも、保存後にちゃんと細菌数が激増している事を確認しています。
必要に応じて、次亜塩素酸ナトリウム等で殺菌した後、流水で十分すすぎ洗いする。
という項目があります。次亜塩素酸ナトリウムは、水道の塩素消毒などに使われる薬品です。
このマニュアル自身は、平成9年に出され、何度か改正されてきたものですが、浅漬けのO-157汚染の時など、食中毒が発生するたびに注目され、このマニュアルを遵守しましょうと呼びかけられます。
一方、ネット上では、「カット野菜は、栄養が全て抜けてしまっているので食べても意味が無い」といった情報が飛び交っています。実際には、ある程度減りますが、意味が無いというのは言いすぎだと思います。しかし、それ以上に大きな問題がありました。
少し古い情報ですが、茨城県工業技術センター研究報告 第24号(平成7年の成果報告です)の
次亜塩素酸ナトリウムによるカットキャベツの殺菌と日持ちへの影響
を紹介します。
この報告書では、食中毒対策の為に殺菌しているのに、しばらくするとかえって細菌数が増えてしまうという試験結果が報告されています。
この実験では、次のようにカットキャベツを加工して、細菌数やビタミンCの濃度を測定しています。
キャベツ − 半割 − 水洗 − カット − 水洗 − 殺菌(塩素処理) − 水洗 − 脱水 − 包装 − 貯蔵
下の図は、カット野菜を塩素処理*した後、3種類の温度で貯蔵した時の生菌数(生きた細菌の数)です。
*この実験の塩素処理は、100ppm, 氷酢酸でpH5に調整した次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用
図2は、1メモリごとに、10倍になるように表記されています。白いバーが見にくいですが、黒が無処理、グレーが20分殺菌処理、そのあいだに10分殺菌処理した白い棒グラフがあります。3℃保存の場合、確かに塩素処理で、細菌数が1/10から1/100に減っています。これを見ると、殺菌処理は、効果的だって思いますよね。次を見てみましょう。
10℃保存では、殺菌処理直後には、細菌数が1/10程度に減っていますが、3日目で無処理(切っただけ)とほぼ同じ、4日目では処理した方が多くなってしまいました。
更に、15℃保存では、1日で無処理の0日とほぼ同じに回復(殺菌前の状態)、2日で無処理より多くなっています。
表5、表6も似たような実験ですが、塩素処理**と無処理(カットのみ)以外に、無殺菌(カット後水洗い)も有ります。
**この実験の塩素処理は、100ppm, pH無調整の次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用
ビタミンCは、少し減っていますが、こんなもんでしょう。一番右の列を見て下さい。塩素処理直後には、生菌数が減っていますが、元々630個/gだったものが、無殺菌(水洗いだけ)でも80個/g、塩素処理で30〜80個/gです。これを見る限り、水洗いとそんなに変わりません。更に、10℃で4日間貯蔵すると、生菌数は激増してしまいます。20分浸けたものは、水洗いだけと比べて、なんと50倍近くになってしまっています。
この研究報告書の著者は、「塩素殺菌によって、キャベツがダメージを受けてしまう為に、元々持っていた抗菌力を失ってしまう」と考えています。
この結果を、どう考えるか
3℃は、冷蔵庫の良く冷えている部分ぐらいの温度で、10℃は、野菜室ぐらいの温度です。また、家庭用の冷蔵庫は、ドアの開け閉めで、すぐに温度が上がりますので、実質的にはもっと高いかもしれません。
厚生労働省は、食中毒対策の為に、野菜を塩素殺菌する事を推奨していますが、保存状態によっては、かえって細菌が増えている可能性があります。
この実験に使っている、次亜塩素酸ナトリウムは、水道水やプールの消毒に使われる薬品です。次亜塩素酸ナトリウム自体は、すぐに無くなってしまいますが、有機物と反応すると発がん性物質ができる事が知られています(有名なのは、トリハロメタンの一種のクロロホルムですが、他にもいろいろできているはずです)。
集団食中毒は大変な事なので、防がなければなりません。しかし、むやみやたらに殺菌する事ばかりを考えていると、この様な事になります。発がん性があるといっても、無視できるぐらいの影響だという考えもあるでしょう。
しかし、食中毒対策としても逆効果かもしれなくて、健康被害も懸念される事を、厚生労働省が推奨しているという事は、間違っていると思います。
少し難しい話(ここからは、化学用語を使います)
次亜塩素酸水ならこんな事は起こらない?
今回紹介した研究は、次亜塩素酸ナトリウムで殺菌していますが、実際には次亜塩素酸水を使っている所も多いと思います。次亜塩素酸水(家庭用のアルカリイオン水製造機から出てくる、酸性水みたいなものと考えて下さい)は、次亜塩素酸ナトリウムと違うから、問題ないでしょうか?
次亜塩素酸と、次亜塩素酸ナトリウム(溶液中の状態としては、次亜塩素酸イオン)は、化学的には電離しているかしていないかの違いです。この2つは、溶液のpHを変えるだけで、どちらにもなります。塩基性なら次亜塩素酸イオンが多く、中性から弱酸性では次亜塩素酸が多くなり、更にpHを下げると、塩素分子になります。今回紹介した実験では、図2〜4はpH5に調整しているので、殺菌成分としては主に次亜塩素酸、表5, 6はpH無調整の次亜塩素酸ナトリウムなので、殺菌成分としては次亜塩素酸イオンです。実は、両方の実験を行っていたのです。そして、その両方で、貯蔵による生菌数の増加が見られています。
次亜塩素酸水なら、安全だと言われますが、この様に次亜塩素酸ナトリウムとほとんど変わりません。
次亜塩素酸が、次亜塩素酸ナトリウムより安全というのは
・次亜塩素酸ナトリウムは水に良く溶けるが、次亜塩素酸はほとんど溶けない。
→次亜塩素酸ナトリウムは、高濃度の溶液として買ってくる事ができるが、次亜塩素酸水は、使う時に製造する必要がある。
→逆に言うと、危険な高濃度の溶液を扱う機会が無いので安全(高濃度の溶液を酸性にすると有毒ガスも発生する)
・次亜塩素酸は、次亜塩素酸イオンよりも殺菌力が高い
→次亜塩素酸ナトリウムは、次亜塩素酸より高濃度で使用する必要が有る
という違いです。作業者のリスクはずっと低いし、大量に使用する施設では、製造装置を買った方が、次亜塩素酸ナトリウムを購入するより安い、という利点はあります。しかし、カット野菜の細菌が増加してしまうという点に関しては、同じだと考えられます。
ここまで書いて、気づいたのですが、翌年の茨城県工業技術センター研究報告 第25号(平成8年の成果報告です)に、同じ橋本俊郎さんが、
電解次亜水によるカット野菜の殺菌
というのを出していました。レタスを電気分解で製造した次亜塩素酸水で洗浄した場合にも、保存後にちゃんと細菌数が激増している事を確認しています。